神戸地方裁判所姫路支部 昭和33年(ワ)347号 判決 1960年12月27日
原告 山本正熈 外一名
被告 株式会社石黒鉄工所 外一名
主文
被告等は各自原告岡田に対し十二万二千百四十九円を、原告山本に対し金五万円を、いづれも昭和三三年一二月一五日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は勝訴の部分に限り被告等のため原告岡田において各金四万円、原告山本において各金一万円の各担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。
事実
原告両名訴訟代理人は「被告等は連帯して原告岡田に対し金二二一、四九〇円を、原告山本に対し金一〇万円を、これに対する本件訴状送達の翌日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決竝に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告山本正熈は十四歳で現在淳心中学三年生であり、原告岡田は原告正熈の母であり親権者であつて、現在正熈と同居して同人を養育している。
二、被告諸寄は自動車運転手であり、被告株式会社石黒鉄工所(以下単に被告会社ないし石黒鉄工所と呼称する)は後記本件事故貨物自動車(鳥一す〇七五〇番)の所有者であり、被告諸寄は被告会社の被用者として自動車を運転して居るものである。
三、昭和三三年一〇月一四日午前八時五分頃原告正熈が登校のため自転車に乗り、姫路市福中町所属産業道路(幅員二〇米)を南より北に向つて道路左側を進行中被告諸寄は当時助手であり運転免許を有せず且つ運転技能の未熟な訴外山根真人をして前記貨物自動車(鳥一す〇七五〇番)を運転せしめて本件道路を南進したのであるが、同所は自動車等の交通頻繁で自動車の操縦に技能を要する場所であるから、被告諸寄としては同人に運転を継続せしめることなく、同被告自ら自動車を運転し前記雑踏内を進行すべき注意義務があるのに拘らず、これを怠り、漫然山根真人をして運転進行せしめたため、同人が前車を追越そうとして速度を増し(三〇粁)、把手を右に切りその右側に出たとき猛スピードで対向して来たトラツクとすれ違うことになつたので、狼狽して把手を左に切り更らに少し右に切り変えたため、折柄右対向車の後方を自転車に乗つて進行していた原告正熈の自転車のハンドル辺に本件貨物自動車の右バンバーを衝突せしめて原告正熈をその場に転倒せしめ、これがため同原告は右下腿部に二ケ所骨折、左下腿部に擦過傷治療二ケ月半を要する負傷をした。
従つて被告諸寄は免許なく且つ技能未熟な山根真人をして慢然運転せしめて本件事故を発生せしめたことにつき業務上の過失がある。
四、原告正熈は直に福中町野中外科医院に一一日間入院し退院後も未だ歩行困難のため自宅にあつて田中整骨院の療養を受けているが、前記事故以来通学出来ないため遂に三年生を休学するに至つた。
五、原告岡田は右正熈の負傷後入院中は宿泊して看護した外、その後は自宅にあつて看護に努めて来た。よつて被告諸寄は前記不法行為に基き又被告石黒鉄工所は被告諸寄の使用者として民法第七一五条に基き原告等の蒙つた物質的竝に精神的損害を賠償する義務があるに拘らず、被告等は甚だ不誠意で、原告岡田の再三の交渉にも拘らず、被告石黒鉄工所は被告諸寄に車の名義貸をしておるのみと称して交渉に応じないし、又被告諸寄は同年一一月一〇日に一回見舞に来たのみで何等慰謝の方法を講じない。
六、原告岡田が原告正熈のため支出した治療費その他の費用の明細は次のとおりである。
野中外科入院時代
野中外科に支払した治療費 金一三、七九〇円
原告岡田付添のための外食費(一一日分) 金 三、〇〇〇円
以上計 金一六、七九〇円
自宅治療時代
田中整骨院に対する治療費 金三三、五五六円
書見台購入費 金 一、〇二〇円
自転車購入費 金一七、〇〇〇円
薬局支払分 金 九、〇五〇円
付添婦支払分 金 六、〇〇〇円
家庭教師謝礼分(五ケ月) 金一五、〇〇〇円
以上計 金八一、六二六円
以上総合計 金九八、四一六円
七、前記損害に対し自動車賠償保険から金六六、二九六円の保険賠償を受けたが、その内訳は治療費として金四六、〇二六円、看護費として金三、八五〇円その他として金一六、四二〇円である。
従つて本訴においては前記損害額より右保険給付を差引いた残額金三二、一二〇円の内金二一、四九〇円を損害金として請求し又原告正熈が本件負傷のため一年休学し且つ今尚後遺症状として坐ることが困難な事情に鑑み精神的に非常な打撃を受けた慰謝料として母たる原告岡田は金二〇万円を、原告正熈は金一〇万円を各請求し右金額に対しては本件訴状送達の翌日から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
八、仮りに被告等主張の如く本件自動車が被告諸寄の所有であつて、被告石黒鉄工所が単に車の名義貸をしていたに過ぎないとしても、本件自動車の登録所有名義は被告石黒鉄工所であり、被告諸寄は右黒鉄工所名義を以て自動車運送業をしていたものであるから、外部関係においては被告石黒鉄工所の被用者と見るべきものであり、斯様な特殊関係にある以上内部関係において仮令独立採算であつたとしても、被告石黒鉄工所は民法第七一五条の使用者の責任を負担すべきものである。
と述べ、被告等の答弁事実を争い
立証として甲第一号ないし第一五号証を提出し、証人河内清蔵の証言及び原告両名各本人尋問の結果を援用し、乙号各証は不知と述べた。
辞任前の被告両名訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として、被告石黒鉄工所は
一、原告主張事実中第一項の事実は不知。第二項の事実中被告諸寄が自動車運転手であることは認めるがその余の事実はこれを否認する。第三項及び第四項の事実は不知。第五項の事実は被告石黒鉄工所は被告諸寄に車の名義貸をしている丈であつて使用者でないから原告の要求を拒絶したことは認めるがその他は不知。第六項の事実は不知。第七項については原告岡田の慰謝料請求権を否認し、原告正熈の慰謝料を否認する。
二、本件自動車の所有名義を被告石黒鉄工所と為した理由
何れの自動車販売会社においてもトラツク等の販売を為す場合にはその買受人の信用と代金の支払能力を確認の上頭金として数万円也を当初に支払わしめ、爾余は毎月一定の期日を支払日とする約束手形を振出さしめてこれにより毎月支払わしめ支払を完了することによつて完全に所有権を移転するのを通常とする。
買受人が事業上からしても亦経済的からしてもその支払能力について信用がない場合に於ては貨物自動車の入手は困難であるので、信用のある者に依頼し、その者に買受名義人となつて貰つて買受けるのである。斯る場合のこの買受名義人は自動車買受代金の支払を完了するまでの支払保証の意味に過ぎないのである。
本件被告諸寄と被告会社との場合においても正にその通りであつて他意はないのである。
三、本件のように被告会社が自動車の所有名義を被告諸寄に貸与した場合において被告諸寄の事故に対して使用者として民法第七一五条の責任が果してあるだらうか。
そもそも民法第七一五条に基く使用者責任を認めた根本的理由は第一に使用者は被用者を使用することによつて自己の事業の活動範囲を拡大し利益を増加させているのだからその反面として拡大した活動範囲に関連した損害を負担せしめることは衡平に合すると考えられるためである。
第二に被用者は専ら使用者の支配に服し、原則として使用者の指揮監督の下に行動するのであるから、被用者の行為は正に使用者の行為と見らるべき面を持つているためであるが、然らば本件の場合はどうか。
(イ) 被告会社と被告諸寄とは使用者被用者の関係にない。
被告会社の事業は壜の水洗機の製造販売であり、被告諸寄は運送営業であり、被告会社の選任に因り、その指揮監督の下に被告会社の経営する右の事業に従事するものでないから使用者被用者の関係は全然ないから、内部的と外部的とを問わずその責任は存在しない。
(ロ) 被告諸寄の事業は被告会社の事業と認むべき客観性がない。右のように被告会社と被告諸寄は使用者被用者の関係はないとしても、自動車所有名義を貸与した場合に於て外部的にその責任があるだろうか。次の理由によつて本件の場合はその責任は存在しない。
1 被告会社と被告諸寄の各営業場所を異にする。
2 被告会社には本件の自動車の車庫の設備もなく、被告諸寄方に車庫の設備がある。
3 被告寄諸は自己名義を以て鳥取県自家用自動車協会に加入していて、被告会社は加入していない。
4 被告会社は同族会社であつて家内工業の程度を出てない小規模のものであること。
5 被告諸寄の本件事故は鳥取市川外大工町醤油販売業奥田厳の委託によつて醤油の空樽を龍野市の八木正醤油店に運送途中に於て生じたものである
以上の理由により被告会社の事業の執行であると認むべき客観性がないから被告会社は内部的は勿論のこと外部的にも全く責任は存在しない。
と述べ、
被告諸寄は
一、原告主張事実中第一項の事実は不知、第二項の事実中被告諸寄が自動車運転者であることは認めるが、被告石黒鉄工所に雇われて同人のため自動車の運転を為しているとの点は否認する。第三項の事実中原告主張の日時場所において、被告諸寄が助手の山根真人をして本件自動車を運転せしめていた際、右自動車と原告正熈の乗つて進行中の自転車と接触し、右正熈が転倒し負傷したことは認めるが、その他の傷害の程度等は不知。右事故は被告諸寄の過失に基いて生じたものであることを否認する。第四項の事実中原告正熈が右事故に因る負傷のため原告主張の病院に入院治療を受け退院したことは認めるが、その他の事実は不知。第五項の事実中被告石黒鉄工所に関する部分を除くその余の事実はこれを否認する。被告諸寄は誠意を以て解決に努力したが、原告等は不法な金額を要求するので無資産の被告諸寄としてはこれに応ずることが出来ず未解決となつておるものである。第六、七項において原告等の主張する損害額を争う。
二、本件事故の発生は不可抗力である。
原告正熈が通学している淳心中学校は原告山本の住居地から約二千米であり、その所要時間は普通自転車で約十五分ないし二十分である。而して同学校の授業開始時間は当時午前八時三十分までに登校し八時四〇分授業開始である。
本件事故の発生した時間は午前八時二十五分頃であることは明かであるが、それが為急いでいたこと、被告諸寄の運転する自動車と対向してきた自動車の後部から突然に道路の略中央に飛出してきたこと、同人の進行してきた姿は該自動車の為目撃し得なかつたこと、尚道路を自転車で進行するには車道の左側端から少くとも二米位までの個所を通行すべき義務が存在するのにこれに反して原告正熈が略中央に向け突出したので被告諸寄の自動車に触れたものであつて、相当の注意を以てしても避け得られなかつたものであり、そうでないとしても原告山本にも重大な過失が存在するものであるから相殺さるべきである。
と述べ
被告両名は
原告岡田が原告正熈の母であるとしても、原告正熈の負傷による事故によつて原告岡田自身に果して慰謝料の請求権が存在するだろうか。民法第七一一条の反対解釈から消極に解すべきことは判例の認むるところであるが、仮りにこれを積極に解するとしても、それは現実に賠償に値するだけの損害があるかどうかによつて決すべきである。本件被害者の負傷の程度は正に慰謝料を請求し得べき程度のものではないから原告岡田の慰謝料請求は不当である。
と述べ、
立証として乙第一号ないし第一四号証(但し第九号証はその一ないし三、第一〇号証はその一、二)を提出し、被告会社代表者石黒義信及び被告諸寄利雄各本人尋問の結果を援用し、甲第一号ないし第一二号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知と述べた。
理由
原告主張の第一項の事実は成立に争のない甲第一、二号証に原告両名各本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができる。右認定を動かす証拠はない。
而して被告諸寄は昭和三三年一〇月一三日の真夜被告石黒鉄工所所有名義の普通貨物自動車(鳥一す〇七五〇番)を運転して鳥取市より兵庫県龍野市に向う途中所用のため、同県高砂市阿弥陀町まで迂回し、同所で用を済ませ翌十四日午前七時半頃同所を立つことになつた際被告諸寄が後記認定の営業のため雇傭中の助手の山根真人が無免許であり、運転技能未熟であるのに自動車の運転を申出たのを被告諸寄は默認し、同人をして運転せしめて姫路市内に入り同日午前八時五分頃同市福中町所属産業道路を南進中同所は自動車等の交通頻繁で自動車の操縦に技能を要する場所であるから、被告諸寄としては同人に運転を継続せしめることなく、被告自ら自動車を運転し前記雑踏内を進行すべき注意義務があるのに拘らず、これを怠り、漫然山根真人をして運転進行せしめたため、同人が前車を追越そうとして速度を二五粁から三〇粁に増し、把手を右に切りその右側に出たとき、猛スピードで対向して来たトラツクとすれ違うことになつたので、狼狽して肥手を左に切り、更らに少し右に切り変えたため、折柄右対向車の後方を自転車に乗つて進行していた原告正熈の自転車のハンドル辺に本件貨物自動車の右バンバーを衝突せしめて原告正熈をその場に転倒せしめ、これがため同原告が右下腿部に二ケ所骨折、左下腿部に擦過傷治療二ケ月半を要する負傷を受けたことはいづれも成立につき争のない甲第一〇号証(被告諸寄に対する起訴状)、同第一一号証(証人山根真人の供述調書)同第一二号証(被告諸寄に対する判決書)同第三、四号証(いづれも診断書)の各記載及び証人河内清蔵の証言、原告山本正熈本人尋問の結果竝に被告諸寄利雄本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)を綜合してこれを認めることができる。被告諸寄利雄本人尋問の結果中右認定に反する部分は前示証拠に対比して採用できない。他に右認定を動かすに足る証拠はない。従つてこの点に関する被告等の主張は採用しない。してみれば本件事故は訴外山根真人の前示過失によつて起つたものであることは明かであるが、同人は当時被告諸寄利雄の運転する本件自動車に助手として同乗していたものであり、同被告は同人が運転免許証を有せず且つ運転技能も未熟であることを知悉していたと認められるに拘らず斯る交通頻繁な箇所において同人をして依然運転せしめてこの事故を起したことにつき過失あるものというべく、従つて同被告は本件事故につき民法第七〇九条に基き不法行為の責に任ずべきものである。
次に被告石黒鉄工所の責任について考察する。この点につき原告は被告諸寄は被告会社の被用者で、被告会社所有の自動車の運転中本件事故を起したものであるから、被告会社は被告諸寄の使用者として民法第七一五条により責に任ずべきものであり、仮りに被告会社が単にその主張のように車の名義貸をしていたに過ぎないとしても、被告諸寄が被告石黒鉄工所名義を以て自動車運送業をしていたのであるからこの場合にも民法第七一五条を適用すべきであると主張する。案ずるに、自動車の運行によつて他人の生命又は身体を害した者の責任については自動車損害賠償保障法第三条が特別法として優先的に適用せらるべきものであるから被告会社が本条により責任を負うか否かにつき先づ検討する。
弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一号ないし第一四号証並に被告会社代表者石黒義信本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)及び被告諸寄利雄本人尋問の結果を綜合すれば被告諸寄は本件事故当時「建設資材販売業」名義で一台の自家用貨物自動車を以て運送業を営んでいたが、借財が多いので自己名義で新車を買入れて使用するときは強制執行を受ける虞があつたので、被告諸寄は被告会社の許可を受けてその製品を専属的に運送するという便宜を与える反面において本件自動車を被告石黒鉄工所名義で買受け、同名義を以て所轄官庁に道路運送法第九九条の届出をし、又同名義を以て自動車損害賠償保障法所定の責任保険に加入し、且つ本件自動車のボデイーに「石黒鉄工所」なるマークをつけて被告諸寄の経営する運送業に本件自動車を使用していたことが認められる。被告会社代表者石黒義信本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。してみれば本件貨物自動車の所有者は被告諸寄であり、被告石黒鉄工所は被告諸寄に対し自家用車としての名義貸をしていたものというべきである。然しながら自動車損害賠償保障法第三条は自動車の所有者(及びその他の使用者)の責任につき民法第七一五条の使用者責任を以て捉え得ないような責任を負わせようとする趣旨に出たものであることは明かであり、凡そ他人に対し同法所定の名義を使用して自動車を運行することを許容した者はその運行につき自己が責任を負担すべき地位に立つ旨を表示したものに外ならないからその名義の使用を許容された者又はその被用者がその運行につき他人に与えた損害についても運行者と同一の立場に立つものといわなければならない。してみれば本件事故は既に認定した如く被告石黒鉄工所の名義を以て自動車を運行していた被告諸寄の被用者たる山根真人の過失により惹起したものであるから、被告会社は右事故により原告正熈の受けたる傷害によつて生じた損害につき原告等に対し同法第三条により賠償する責任がある。
而して被告等の右債務はいわゆる不真正連帯の関係にあるものと解する。
そこで損害の数額につき考察するに原告岡田が原告正熈の母として原告主張の治療費その他の費用として金九八、四一六円を支出したことは成立につき争のない甲第五号ないし第九号証及び原告岡田さかゑ本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができる。右認定を動かす証拠はない。而して原告が自動車保険から金六六、二九六円の給付を受けたことはその自認するところであるから残額は金三二、一二〇円である。被告諸寄は右損害を賠償する義務がある。又右認定の損害中自転車購入費以外の損害については被告会社は自動車損害賠償保障法第三条によつてこれを賠償する義務があるが、右自転車購入費は同条所定の生命又は身体を害したことに基いて生じたものではないから被告会社は同条によつてはこれを賠償する義務はない。然し本件事故は既に認定したように、被告会社が被告諸寄に被告会社の自家用車として運行することを認めていた際発生したものであり、右運行については被告会社は被告諸寄を指揮し得る地位にあつたことは被告会社代表者石黒義信及び被告諸寄利雄各本人尋問の結果に照らしてこれを認め得るから被告諸寄の本件自動車運行によつて生じた前示事故の損害につき被告会社は尚民法第七一五条によつて責任を負うものと解するを相当とする(大判昭和一一年一一月一三日民集一五巻二二号二〇一一頁参照)。従つてこの点に関する被告会社の主張は採用しない。してみれば被告会社も亦結局前記残額全部につき責任を有する次第である。
次に原告等請求の慰謝料につき考察する。被告等は原告岡田には原告正熈の傷害につき慰謝料を請求する権利がないと主張する。然し不法行為により身体を害された者の母がそのために被害者が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合、自己の権利として慰謝料を請求し得ることは最高裁判所の判例の説示するところである(昭和三三年八月一五日第三小法廷判決、最高裁集第一二巻第一二号一九〇一頁参照)。而して成立につき争のない甲第二号証、当裁判所に於て成立を認める甲第一三号ないし第一五号証竝に原告両名各本人尋問の結果によれば、原告正熈は昭和一八年二月以来内縁関係にあつた亡山本熈已との間に出生した子であつて、亡熈已は原告正熈出生後間もなく出征し、且つ戦死したため、原告岡田は爾来実弟の経営する料理旅館の手伝いをしながらひたすらに原告正熈の生長を楽みに細々と暮している関係にあるので、原告正熈の本件事故により非常なシヨツクを受けたこと、原告正熈が一年休学したこと且つ骨折が完全に治らないので起居に若干の不便を感じていること等が認められるので、原告正熈は固よりその母たる原告岡田はその精神的損害についても慰謝料の支払を求め得るものというベく、その金額は右認定の事実並に諸般の事情を考慮して原告岡田に対しては金一〇万円、原告正熈に対しては金五万円を相当と認める。次に被告等は原告正熈にも過失があつたから損害賠償額につき過失相殺されるべきものであると抗弁するけれども、本件事故が前示認定の如く被告諸寄の被用者たる山根真人の過失に基くものであつて原告正熈に過失のあつたことを認むべき証拠はないから被告等の右抗弁は採用しない。よつて原告等の本訴請求は原告岡田については、財産的損害についてその要求にかかる金二一、四九〇円、慰謝料について右認定にかかる金一〇万円、合計金一二一、四九〇円、原告正熈については右認定の慰謝料金五万円、並に各右金額に対し本件訴状の被告等に送達せられた日の翌日なること本件記録に徴し明白なる昭和三三年一二月一五日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容すべきであるが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 庄田秀麿)